生成AIの導入で保険業界はどう変わるのか ‐ 技術の深堀とその効果
はじめに
生成AIの活用によって、保険会社における各種業務のスピードと判定精度を向上させ、業務効率や顧客対応の改善を実現できます。本論考では、具体的な活用事例をご紹介しながらそのインパクトを解説いたします。
生成AIの力を保険業界でどう生かすか
生成AIをはじめとするAI技術は、保険業界でも確かな成果を出し始めています。今後重要なのは「各技術がどのように自社の業務を改善するのか」を理解し、現場で活かすことです。
AI と生成AIの違いとは
AI(人工知能)は、人間の知的活動を機械で再現する技術で、問題解決や学習、意思決定といった業務を行えます。大量のデータを解析して知見を抽出し、パターンを見つけ出し、予測を行うことが得意です。従来の機械学習では、一般に「ひとつの課題を解くためのモデル」を作り、その課題(例:保険金不正請求の典型パターンを検出するなど)を解決します。
一方、生成AIは新たな情報を生み出す能力を持つAIの一分野です。大規模な汎用データセットで学習したモデルに対して、ユーザーが自然言語で指示(プロンプト)を与えることで、さまざまな課題に対して柔軟に対応が可能です。たとえば、複雑な保険約款や、保険金請求書類を要約する、といった用途で活用することができます。
生成AIと大規模言語モデル(LLM)
生成AIの強みは、大規模言語モデル(LLM)にあります。膨大で多様なデータで学習されたLLMは、自然言語の指示(プロンプト)を理解し、さらに与えられたテキストや画像と組み合わせて適切な応答を生成できます。つまり、ユーザーがインプットする質問や資料に基づいて、文章や要約、分析結果などを自動的に出力することが可能です。
「これまでの機械学習は、課題ごとに専用のモデルを作る必要がありましたが、生成AIは投げかけた問いに対して柔軟に応答し、さまざまな課題に対する解決策を示してくれます。」
- Eric Sibony, Shift's Chief Data Scientist and Chief Product Officer, Four Questions with Eric Sibony
保険業界における生成AIの意義
生成AIは構造化データ・非構造化データを大量かつ高速に処理・統合できるため、現場でのデータ活用の価値を高めます。例えば、保険金支払いの担当者が複数の書類を一つずつ読み解いて必要情報を拾い上げる代わりに、生成AIに「この案件に関する書類をまとめて要点だけ抽出して」と依頼すれば、重要な判断に集中できます。このように、情報処理のスピードアップと判断精度の担保が同時に実現できる点が、生成AI活用の大きな利点です。
請求処理の自動化における生成AIの活用
保険会社は生成AIを用いて、書類の分類、重要項目の抽出、請求状況の評価などを95〜99%の高い精度で自動化できています。
これにより請求処理が大幅にスピードアップし、自動化率も向上。結果として、より迅速で正確な保険金支払が可能になり、規模が大きくなるほど業務効率や顧客満足度に大きな効果をもたらします。
Generative AI performance in key insurance use cases
95〜99%の精度を実現
位回収率が約30%向上
93%
請求処理の自動化における生成AIの活用
保険会社は生成AIを用いて、書類の分類、重要項目の抽出、請求状況の評価などを95〜99%の高い精度で自動化できています。これにより請求処理が大幅にスピードアップし、自動化率も向上。結果として、より迅速で正確な保険金支払が可能になり、規模が大きくなるほど業務効率や顧客満足度に大きな効果をもたらします。
生成AIを活用した実務事例の紹介ー旅行保険の請求処理における生成AIの適用例
- 書類分類: 保険証券、医療報告書、旅行に関する領収書など、標準的な書類を種類ごとに自動分類します。
- 情報抽出:保険証券からは氏名、保険期間、補償/免責項目などを抽出。医療報告書からは患者名、診断名、発症日などを抜き出し、事故が保険期間内かどうかを確認します。
- 判定と要約:支払可否を予測し、その根拠となる詳細情報を要約して作成。以降の処理は要約と判定結果を受けた保険金支払い担当者が対応します。
実運用での成果(事例)
ある米国の旅行保険会社では、年間約40万件の請求を手作業で処理しており、1件当たりの処理に10日〜3週間かかっていました。そのような状況の中、シフトテクノロジーの提供する生成AIソリューションを導入したところ、支払判断の自動化率が57%に達し、支払判断の精度は98%となりました。さらに処理時間は最長3週間から約2分へと大幅に短縮され、業務効率と顧客対応が劇的に改善しました。実際の事例を見る。
生成AIによる損害賠償責任判定の高度化
生成AIは、損害状況を要約し、関連書類や適用法令の情報を組み合わせることで、損害賠償責任の判定自動化にも活用できます。実績として、自動車保険で約90%以上、プロパティ(財物)保険で約95%の高精度が確認されており、代位求償(サブロゲーション)案件の承認率を改善するなど、損害賠償責任の判定プロセス効率化に大きく寄与します。
具体事例:自動車請求における代位求償機会の発見
- 請求情報の抽出と突合:当該請求に関連する第三者車両の情報を抽出し、ライドシェアの登録リストなど外部データや法的基準と照合して、代位求償の可能性を洗い出します。
- 責任の特定:代位求償の機会が見つかった場合、生成AIが事故の経緯や関係者情報を整理・統合し、過失の所在を推定します。
- アラートのスコアリングと要約生成:所定の条件が満たされた場合、生成AIはスコア付きのアラートと、検出根拠や適用されるルールの簡潔な要約を自動で作成します。
生成AI搭載の画像解析による不正検知と処理効率化
東京海上日動では、Shiftの不正検知ソリューションならびに請求プロセス効率化ソリューションに生成AI搭載ビジュアルインテリジ
ェンスを統合して導入しました。生成AIは画像や文書の解析精度を高め、構造化/非構造化データから重要情報を抽出・突合する
ことで、不正の疑いを高精度で抽出するとともに、請求処理の前工程を大幅に効率化します。
具体例:画像・書類の不整合検出と優先化
• 事故写真や添付画像の解析:生成AIが写真の特徴を解析し、提出された画像が主張された事故状況(例:衝突・風災)と整合
しているかを判定。不自然な角度や編集痕、過去の写真の使い回しなどを検出し、疑わしい案件にフラグを立てます。
• 書類間の突合とデータ抽出:保険証券や領収書等から必要項目を抽出し、抽出データを内部データベースや外部ソースと突合。
日付・場所・関係者の不一致を検知してリスクスコアを算出します。
• 優先度付けと調査支援:高スコアの案件は自動的に優先リストへ昇格し、調査担当者には要点をまとめた要約と検出根拠(画像
や該当フィールド)を提示。これにより調査は高リスク案件に集中でき、対応速度と精度が向上します。
生成AIによる不正検知の高度化
不正検知の分野では、生成AIは書類の記載内容と実際の被害内容との不整合を検出する点で特に有効です。導入事例では、不整合検出において約93%の精度が報告されており、疑わしい請求を高い確度で抽出できます。
風害による損傷と経年劣化の見分け
台風などの風害の請求で提出された写真について、生成AIを使えばその損傷が本当に風害によるものか、それとも日常的な摩耗・経年劣化によるものかを判別できます。同様の技術で、水濡れ被害とカビによる損傷の違いを見分けることも可能です。
詳しいユースケースや事例、保険業での生成AIの技術的な仕組みについては、オンデマンドウェビナー「Beyond the Hype: Real Examples Showing How GenAI is Already Benefiting Insurers」をご覧ください。
保険業界での生成AIソリューションの評価ポイント
生成AIの保険業界での有用性は広く認められるようになり、関連ソリューションの数も急増しています。しかし、すべての生成AIソリューションが保険業界に適しているわけではありません。採用時にはいくつかの落とし穴に注意する必要があります。
生成AI導入の潜在的な落とし穴:スポット導入が招く技術的負債
短期的な導入を優先するあまり、長期的な価値や拡張性を考慮しないソリューションを選んでしまうと、技術的負債が増大するリス
クがあります。具体的には、単発の課題解決だけを目指すツールや、即時導入を重視してメンテナンスや拡張を考慮していない製品がそれに当たります。こうした選択はシステムの複雑化を招き、結果的に運用コストや改善コストが膨らむ“悪循環”に陥ることが少なくありません。また、生成AIが本来持つポテンシャル(スケールでの効率化や高付加価値の創出)を十分に引き出せないという機会損失も生じます。
汎用モデルの限界
大規模言語モデル(LLM)は汎用的な文書の分類や情報抽出に非常に有効ですが、保険業界特有の業務では必ずしも高い性能を発揮するとは限りません。保険業界で取り扱う書類には文脈理解や正確性に直結する専門的な情報が含まれており、これらを踏まえた学習がなければ、期待する成果は得られません。最適な成果を出すには、保険業界固有の書類や事例などのデータで訓練された「保険業界特化」のソリューションが必要です。
生成AIソリューションを提供するベンダーに求めるポイント
1. 保険業界に対する深い知見と理解
単なる汎用AIベンダーではなく、保険業界の業務の複雑さや規制、データプライバシーに精通しているベンダーを選ぶことが重要で
す。保険業界に特化した知見を持つベンダーは、実際の保険金支払いや引受の実務、不正対応の現場に即したソリューションを設計でき、正確でコンプライアンスに沿った成果を実現します。業界知見があれば、信頼性を高め、運用リスクを低減し、実際の事業効果を生みやすくなります
2. 人とAIが共存する体制を組み込んだ「信頼できるAI」の設計
生成AIは倫理的なガードレールと厳格なガバナンスのもとで運用されるべきです。透明性やデータ保護、モデルの説明可能性に取り組むベンダーを選んでください。特に重要なのは、AIが人間の専門性を補完する形で設計されていることです。人間が介在する
(Human-in-the-Loop)ワークフローにより、AIのアウトプットを検証・補正し、大きな影響のある業務領域(保険金支払いの判断
や顧客対応など)で適切に運用できます。このような運用は導入リスクを低減し、組織全体でのAIに対する受容性を高めます。
3. エンタープライズ対応のセキュリティと統合力
生成AIソリューションは、スケール対応・高いセキュリティ・既存システムとの統合性が求められます。保険業界は規制の厳しい領域であるため、データの取扱い、サイバーセキュリティ、コンプライアンス要件を満たす体制を持つベンダーを選ぶ必要があります。さらに、基幹システムやワークフローへ自然に組み込めることが重要です。具体的には、スケーラブルなAPI、カスタマイズ可能なインターフェース、安全なデータパイプラインなどを提供でき、保険の引受から保険金支払いに至るまで、横断的にリアルタイムの意思決定を支援できる能力が求められます。
より詳しく知りたい方へ
AIを活用したソリューションでShiftがどのように貢献できるか具体的な事例や効果など、詳細を知りたい方はぜひこちらよりお気軽にお問い合わせください。