Shift Technologyは最近、保険業界におけるエージェンティックAIの影響をテーマにしたウェビナーを開催しました。モデレーターはMicrosoftのEMEA Regional Business Lead – WW Financial Services、Patrice Amann氏が務め、パネルにはMcKinsey傘下のQuantumBlack・Associate PartnerのRobert Malan氏、Shift Technology共同創業者兼CSOのEric Sibony氏、同社プロダクトマーケティングリードのGrady Behrens氏が登壇しました。本稿は英語で行われた議論の主要テーマを日本語で要約したものです。
生成AIの登場は大きな注目を集めましたが、それは始まりにすぎません。エージェンティックAIは保険金請求処理や支払い業務において実質的な変革をもたらし、実際にビジネス上での定量的に成果が図れるようになってきています。生成AIがデータ抽出や文書分類、会話型アシスタントといった単一の処理に強みを持つのに対し、AIエージェントは複数段階にまたがって推論を行い、構造化データと非構造化データの双方に働きかけながら、複雑なワークフローを自律的に実行できます。保険会社にとっては、日常的に時間を要する多くの作業を自動化すると同時に、複雑な案件では担当者の判断を支援してより良い意思決定につなげることが期待されます。
エージェンティックAIは、大型言語モデル(LLM)の最新進化形であり、推論機能に加えてワークフローの統制や実際の操作を行う能力を活用します。保険金支払いプロセスの自動化の場面では、過去の対応結果を参照して経験豊富な査定担当者の行動を再現し、解釈→文脈化→判断→実行といった複数ステップのプロセスを統合的にオーケストレーションし、保険会社内のシステムや外部サービスと連携できます。その結果、初期通知(FNOL)から支払いまでのプロセスをエンドツーエンドで自動化することが可能です。重要なのは、必要に応じて人間の担当者へエスカレーションできる点であり、その際には最適な判断を支援するための関連情報などを併せて提示します。
AIにも得意分野があります。予測型AIは大量データからの異常検出に優れており、不正検知などに適しています。生成AIは非構造化データの解析・要約に強みを持っています。これに対してエージェンティックAIは、複数手順の実行やワークフローの統合に特化しており、従来は専門家の判断を要していた複雑な案件をスケールして自動化できる点が特徴です。その結果、保険金請求処理や支払い業務における負荷の高い工程での人手を大幅に削減しつつ、監督や例外対応は人が担うハイブリッド運用を実現できます。
導入事例として、既に定量的な改善が報告されています。あるワークフローでは処理時間が数週間から数分に短縮され、実装によっては自動化率が50%を超えるケースもあります。自動化の精度に加え、エージェントは日々の査定業務で案件の分類や優先付け、次善の対応策の提示を通じて保険金支払いコストの低減や顧客満足度の向上に寄与しています。早期導入企業の報告では、保険金支払いコストが約3%減少し、業務効率が約30%改善したという結果が示されています。
AIの技術だけで十分な成果が得られるわけではありません。エージェンティックAIを実際に機能させるには、適切な運用モデルへの組み込みが不可欠です。導入にあたっては、第一線の査定担当者へのヒアリングやワークショップを通じて経験に基づく知見を言語化・仕組み化し、熟練の判断をシステムに反映することが重要です。プロジェクトを単なる研究室の実験にとどめず、実際の利用者を含む横断的なチームで共同開発することが成功の鍵となります。さらに、エージェントが瞬時に信頼できる判断を下すためにはタイムリーで高品質なデータが不可欠であり、多くの場合はデータパイプラインやデータガバナンスの強化が最初の一手になります。
エージェントは予期せぬ挙動を示すことがあるため、実務に即したガバナンスが不可欠です。制御が必要な箇所では設定可能な引き継ぎポイントや人が介在する閾値を設けて運用の主導権を保持し、どのデータやどのルールに基づいて結論が出されたかを追跡できるようにしておきましょう。また、使用されたデータポイントやルールに着目した定期的な事前・事後監査を実施し、挙動の変化や誤った情報を生成する「ハルシネーション」を防ぐために継続的なモニタリングと再学習運用を行うことが重要です。要するに、エージェントは監督と継続的な改善を必要とする従業員と同様に扱うべきだ、ということです。
ビジネス価値に直結する指標に注目しましょう。たとえば、文書抽出や賠償責任評価の精度、自動化率、意思決定までに要する時間の短縮といった項目です。さらに、新規採用者のオンボーディング期間の短縮や災害対応時の処理能力向上など、運用面での改善効果も定量化して、エージェンティック自動化がもたらす幅広い価値を示しましょう。
エージェンティックAIプロジェクトは、単純作業ではなく、複雑で高い付加価値が期待できる業務を対象にした、成果重視の実証実験(PoC)から始めるべきです。過去の請求を抽出・精選し、査定経験者の判断を言語化・形式化して、実際の意思決定を反映した学習データを用意することが重要となります。開発・検証・導入・監視を一貫して回せる、現場と連携した横断的な体制を構築することも必要です。KPIや安全策(ガードレール)は導入初期に明確に定め、まずは人によるレビュー中心の慎重な運用から始め、信頼性が確認できた段階で自律性を段階的に拡大してください。最後に、エージェントは継続的な監督、再学習、ガバナンスが不可欠です。導入後も反復的に改善を続ける運用を前提に据えてください。
エージェンティックAIは人間の判断を置き換えるのではなく、判断のあり方を再定義します。担当者の役割は単純な手作業から監督や例外対応、より高付加価値な判断へと移り変わります。保険会社は、人とエージェントが協働できるよう業務を再設計することが求められます。エージェントはスケールと一貫性を提供し、人は判断力や共感、ガバナンスを担う――そうした役割分担が効果的です。
Shift TechnologyのエージェンティックAIソリューションの詳細は、Shift Claimsに関するプレスリリースをご参照ください